ロシアに来て気づいたことがある。
ひげを剃るだけで、見られ方が変わって得した話だ。
ひげを剃らなかった日は、どこにいても普通だった。バスに乗っても、スーパーに行っても、誰も気にしない。
ロシアにいるアジア系の人間はキルギス人など中央アジアの人が多い。ひげを伸ばしていると、そういった民族の人に見られるらしい。
彼らはロシア人にとっていわゆる「外国人」ではない。
ロシア語を話すことができ、ロシアの内側のメンバーという感覚が強いのだと思う。旧ソ連圏、同じ文化圏の仲間として彼らは認識されている。
日本にはない感覚だと思う。
日本でアジア系の顔をしていれば、日本人か外国人かという二択になる。ロシアはより複雑で、アジア系の顔でもロシア語を話す「内側の人間」がいる。
ひげを剃ると、その曖昧なレッテルが外れる。
「あれ、あいつは内側の人間じゃないな」と思われているのか。(これはあくまでも個人の容姿に依存するとは思うが)
むかし、ソ連時代には入れ子のような構造だった。ソ連の中にロシアがあり、ウクライナがあり、キルギスやウズベキスタンがあった。
今でもその名残の感覚があるのだと思う。
ひげを剃った日は、視線を感じる。女性だけではなく、男性からも。
スーパーのレジで並んでいると、後ろから小声が聞こえた。「外国人?韓国人かな?」みたいな声が。
健康診断の日も、そうだった。ロシアで暮らすには健康診断をうけなければならない。
最初に行った日はひげを剃っていなかった。対応は事務的、無表情で、必要最低限。それはそれで普通だと思っていた。
(日本人の感覚からすれば塩対応に感じるのだが)
2回目、ひげを剃っていった。窓口の看護師さんが顔を上げて言った。
「どこの人?」
日本人だと答えると軽い騒ぎになった。となりの部屋からも看護師のお姉さんたちが集まってきて、気づいたら囲まれていた。
「ハヤオミヤザキのファン」とか「日本に行くのは夢なの!」とか。対応が明らかに違う。
問診の医師にも「はじめて日本人を見たよ」と言われた。
そしてこう続けた。
「ロシア語を頑張れば、きっと喋れるようになるよ。日本語を忘れるくらいね」
黒い瞳の彼が少し笑いながら言った。
海外に来ると「おれってイケメンだっけ?」と勘違いする瞬間がある。ぼくの場合は残念ながら、たぶん違う。珍しいだけ。
ただし、これはどこでも起きるわけではないと思う。
モスクワやサンクトペテルブルクでは、こうはならないかなと。大都市には外国人が多い。 アジア系の顔も珍しくない。
でも地方都市では事情がちがう。だから、日本人だと分かると反応が少し大きくなる。
そして決まって出てくる単語がある。サムライ。 そしてアニメ。中でも名前がよく出てくるのが宮崎駿 だ。日本に行ったことがなくても、 彼の作品だけは知っている人が多い。
ふしぎな感覚になる。距離的にも文化的にも遠い国なのに、 サムライとアニメは、ちゃんと届いている。
悪い気はしない。
ロシアに来るなら、ひげは剃った方がいい。それだけは確かだ。

面白い話ですね!
コメントありがとうございます!